このblogで私は、自分で進めているウェアラブル・ケータイの実装実験についての報告を行っていこうと思っている。
このプロジェクトを進める経緯については、幾つかの雑誌に発表しているので、それをさしあたり掲載しておきたいと思う。(記事は、掲載時と異同がある場合もあるので悪しからず)。
まずは、『Windows Start』(毎日コミュニケーションズ発行)の私の連載コラム「それゆけスマート・フォーエバー)、2005年8月号掲載のもの
(月号については不正確かも。なにしろ入稿は発売の1ヶ月前だし、発売は月号の一月前なので、書いている人間にはよくわからなくなっているのが普通なのだ)
「着られる」ということ
パソコンやIT機器というと、ただひたすら高機能なものへと進化するだけのように思われているが、実はファッションの流行のように、同じアイデアが再度巡ってくることもある。長きに渡って連載させてもらっているこのコラムでも、1,2回テーマに扱った「ウェアラブルコンピューティング」などは、こういうサイクルトレンドの典型かもしれない。 ウェアラブルコンピューティングというのは要するに、パソコンが技術の高機能化と同時に、筐体が軽薄短小化していった結果、ポータブル→ハンドヘルド→モバイルなどと人間が実際に持ち運べるようになっただけでなくて、やがて服のように「着られる」(近頃の言い方では「着れる」だけど)ものになっていくことを示している。
80年代末に軍事用として研究されていたようだが、90年代になるとマサチューセッツ工科大学のアレックス・ペントランドらが日本企業の協力なども得て一般向けの研究に着手。研究員だったスティーブ・マン(その後トロント大学)、サド・スターナー(現ジョージア工科大学)らが実装しての研究成果を世に出して、一般からも注目を浴びるようになった。90年代末には「着られるコンピュータ」の商標や関連の包括的な特許を持つサイバーノート(日本法人名ザイブナー)やIBMや東芝、島津製作所の関連製品が登場し、日本でも数回ウェアラブルエキスポなどのイベントが開かれる程のブームになった。
この勢いで一般に広まっていくはずのウェアラブルコンピューティングだったが、その後イマイチふるわなかった。理由は明確で、まだ発展途上の技術で製品も高額な「着られるコンピュータ」に対して、強力なライバルが登場してきたからだ。つまり携帯電話。それからしばらくは、パソコンと携帯電話を使い分ける時代が続いていたのは知っての通りだ。
ところが、携帯電話の普及が全世界に及び、国内でも一人一台ベースの必需品になった今、ウェアラブルが再度注目を浴びつつある。携帯電話が電話機というより電話機能付きのコンピュータというべきところまで高度になった現在、携帯電話の進化上に先のコンピュータの進化樹が接ぎ木されつつあるのだろう。携帯電話の技術の発展が頭打ちになってきていることもあるかもしれないし、ウェアラブルの伝道師と呼ばれる神戸大学の塚本昌彦氏などの普及活動も大きい。今年は10月に大阪でウェアラブルコンピュータの国際シンポジウムも開催され、往年の研究者たちも参加する予定らしい(IEEE International Symposium on Wearable Computers)。
ところで、流行に左右されやすい筆者としても、ウェアラブルしてみることにした。
実は昨年一年、「SHモバイルラボ」(座長・竹村真一。八谷和彦、太田浩史らが参加)という近未来の携帯電話を考えるプロジェクトに参加していたのだが、そこで私が考えていたのが「ウェアラブル携帯電話」だった。「携帯電話を着る」という、まあ、特に画期的とも言えないアイデアだけど、携帯メールにへの依存症状がある人が増えたり、携帯コミュニケーションと暴力との関係が取りざたされたりする中、一つの処方箋としてウェアラブルを考えてみたのだ。
かつて人間は血縁と他人関係、コミュニケーション、空間の距離関係などが同心円になった世界に住んでいたと考えられる。自分のそばにいる人は自分の近親者で、その人ともっとも多くのコミュニケーションを行う。遠くにいる人は他人で、その人とのコミュニケーションの機会は少ない。
しかし交通の発達や共同体の拡大、そして通信などのコミュニケーション技術の発達が、この同心円的な社会関係を変えてしまった。
人々は歩いている街の風景は気にもとめず、手元の携帯電話のディスプレイで遠くの他人とコミュニケーションしながら生活し、近しい人間とは疎遠になっていく。もし携帯電話を衣服のように体にフィットさせることができれば、現実と携帯ディスプレイの向こうにある世界との乖離を埋めることが出来るのではないか。そう考えたのだった。
考えているだけでは何も起こらない。先のプロジェクトが2年目に入るのを期に、私は実際にウェアラブル携帯電話を実装して、可能性を実証してみようと思っているのだ。現在最も小型軽量だと思われるマイクロオプティカル社のメガネ型ディスプレイとハンディキー社の片手で扱うキーボードをパソコンや携帯電話に繋げ、何ができるか。このコラムが掲載される頃にはすでに実装実験に入っているはずだ。
ウェアラブル携帯というと、そんなものが普及したらかえって事故が増えて危ない、という人もいるし、頭の中に無線機を仕込んでいるようで気持ち悪い、という人もいる。しかし、にぎやかな街の中で、友人と一緒にいながら、頭をちょっと下にかしげて一心不乱に一人で携帯メールを打っていることの気味悪さに比べて、どうだろうか。上手くいくかどうかはわからないが、「着て」みる価値はあると思うのだ。
文中にある「SHモバイルラボ」についてはココ
ついでに同工異曲の原稿だけど、『月刊LASDEC』(地方自治情報センター)の2005年8月号の連載エッセイ「永井坂」に書いた記事もそのまま載せておこう。
携帯電話を「着る」時代
スポーツシューズメーカーのアディダスが開発したランニングシューズには驚いた。靴の側面のスイッチを入れると土踏まずに入っているマイクロプロセッサーが駆動し、光が点滅し出す。履いているランナーの走る速さ、道の状態などを関知し、マイクロプロセッサーがかかとのクッション状態を計算して調節し、走るのに最適な状態に保つのだという。要するにコンピュータ靴なのだ。
自動車から家電製品までどんな機械にもマイクロプロセッサーが搭載され「電脳化」されている時代だが、靴のように人が直接身につけるものまでコンピュータ制御されるようになるとは思わなかった。
ただ、これと似たような考え方は、少し前からある。「ウェアラブル(着られる)コンピュータ」がそれだ。「ら抜き」表現が定着している現在ならさしずめ「着れるコンピュータ」だろうが、すでに1990年代の半ばには提唱され、様々なデバイスも開発され、展示会が開かれ、ウェアラブルコンピューティングのファッションショーなども開かれた。
普通の人が機械を体に身につけて使うのは、たとえば現在音楽を聴く手段として一般的なヘッドホンステレオなどがはしりだろうが、それもいまでは、胸ポケットに入るほど小型化した。ウェアラブルコンピュータの提唱も、ビルほどの巨大な機械だったコンピュータ(当時は電子計算機などと呼ばれていたが)が、マイクロプロセッサーの開発によって小型化してパソコンとなり、やがて持ち歩き可能なポータブルタイプが登場し、さらにモバイルタイプやポケコン(ポケットコンピュータ)、PDA(パーソナル・デジタル・アシスタンス)として小型化・高性能化していった系譜上にあるといっていい。
90年代に米国マサチューセッツ工科大学のメディアラボなどが研究に着手した頃は、「ウェアラブル」と呼ばれる機器に、一般用のものはほとんどなかった。戦場で兵士が使う軍事用途のものや、作業現場のマニュアルや作業支持に使う特殊な工業用途の機材ばかりで、メディアラボなどの研究者はこうした技術をもとに、一般人がコンピュータを身につけて使うようになる未来を夢見ていたのだ。この時期には、靴に発電機を入れ、歩くとモバイル機器に電気を補給できる仕組みなど、先のランニングシューズのアイディアに近いものもあった。
ところが、90年代後半になると、ウェアラブルコンピュータの研究は、あまり話題にならなくなった。当時のウェアラブル機器には研究課題も多い上、実際に使うとなるとまだまだ高価だったこともある。メガネ型のHMD(頭部搭載型ディスプレイ)や、片手で使えるキーボードなど、用途だけでなく使いやすさや安全性の点でも研究上の試行錯誤が必要な製品だったのだ。
しかし、ウェアラブルの進化を妨げた最大の理由は、携帯電話が普及したことだろう。最初は無線電話機に過ぎなかった携帯電話は、やがてメールを送受信し、インターネットにアクセスし、さらにゲームや音楽、いまでは映像まで楽しむための道具となった。ビジネス用途でパソコンを使うならまだしも、日常的な街頭でのコミュニケーションや情報の受発信には携帯電話があれば十分だ。現在の数十グラムの重量やポケットに入るサイズも、パソコン並みの機能を無理に「着て」使うよりずっと気軽に扱える。かくして、「着れるコンピュータ」は忘れられ、ケータイの全盛期が続いた。
しかしここに来てウェアラブルが再度話題に上りつつある。板生清(東京理科大大学院教授)さんの書いた『コンピュータを「着る」時代』(文春新書)が発行され、フランステレコムとサムソンは、ウェアラブルタイプの両眼用ゴーグルを搭載した携帯電話を6月に発表した。10月には大阪でウェアラブルコンピューティングに関する大きなシンポジウムの開催も予定されている。
携帯電話が国民一人当たり一台というところまで普及し、AV機器並みに高機能化する中で、動画を観たり、音楽を聴いたりする環境と、旧来の電話の受話器の延長上の操作環境とが釣り合わなくなってきていることも大きいだろう。目の前に電話機をかざして高画質の映像を観るというのは、あまり使い勝手がよくないだろうし、安全性の点でも問題が残る。そこで、体にフィットした状態で使うウェラブルコンピューティングの考え方が、再度浮上してきているのだろう。 実を言えば、私自身も携帯電話とウェアラブル環境を連動させたプロジェクトを年内に展開しようとしている。
昨年一年間、「SHモバイルラボ」(座長・竹村真一さん。八谷和彦さん、太田浩史さん、渡辺保史さんらが参加)という2015年に実現する近未来携帯電話を考えるプロジェクトに参加した。このプロジェクトで私は、携帯メールへの依存症状が増えたり、携帯電話と事件の関連が取りざたされる現状の社会状況を主に考え、それらをより良い方向に解消できないかと考えていた。その一つの処方箋になりそうなのが、ウェアラブル携帯電話だったのだ。昔ながらの空間的な距離、人間関係が交通や通信手段の発達で壊れていく中で、近くの肉親や知人とよそよそしく振る舞い、遠くにいる見知らぬ他人と親密になる。携帯電話はその傾向を助長している。
環境、身体、人間関係が乖離してしまった現代社会の中で、コミュニケーションを体にフィットさせて使うウェアラブル携帯電話がアイディアとして有効かと思えたのだ。片眼で観るメガネ型のHMDと片手で扱えるキーボードなどを、実際に街頭含めた日常生活で試用してみて、その可能性と問題点を洗い出していくつもりだ。 「着る」携帯電話が、歩きにくくなった人生を、うまく調整し、最適化してくれる靴になってくれるだろうか。
このほかにもネットで読める最近の私の関連記事としては以下がある。
vol.1―メディア論的視点から見た携帯電話(前編)
http://plaza.bunka.go.jp/museum/article/manews/200506/
vol.1―メディア論的視点から見た携帯電話(後編)
http://plaza.bunka.go.jp/museum/article/manews/200507/
上記の記事でも書いているとおり、そもそも次世代ケータイのプロジェクトで、「ウェアラブル」に至ったおおもとには、90年代末から2000年にかけて、MITメディア・ラボのサド・スターナーなどが進めていた実装実験を取材して、ちょっとしたインパクトがあったことがある。
これに関しては、以下のネット上のコラムで読むことができる。
【コラム】東京バイツ
第10回都市、そしてコンピュータを着て歩く生活の可能性
http://pcweb.mycom.co.jp/cgi-bin/print?id=16912
この記事にも載っているけれど、私の「ウェアラブル」の利用イメージは、このサド・スターナーの格好、出立ちにかなり影響を受けている。
←この状態でスターナー氏(現ジョージア工科大学)は、パソコンを操作しているのだ。メガネをよく見ると、片目の中心部がハーフミラーとなっていて、そこにディスプレイ画面が投影されている。左手に持っているのは片手用キーボード。
ショルダーバックに隠されているPCなどの機材一式は、当時、とてつもなく重かったけど。
次世代ケータイをウェアラブル化するというアイディアには、私なりの理由や根拠もあるけれど、サド・スターナーの実装イメージは、なんといっても大きかっただろう。
あれから5年以上経ち、当時のPC並みの機能がありながら、極めて軽量になったケータイを、ウェアラブル環境で実装できれば面白い、そう思えたのだ。私は、市販されている機材を組み合わせて、ウェアラブルケータイを実現してみようと思い立った。