Mob Labについて

先のエントリで、

ウェアラブル環境で何故片手用キーボードなのか。考え方はいくつもあるだろうけれど、個人的には「歩きながら原稿を書く」というのをさしあたりの目標にしている。実際、街を歩いていて色々なアイディアを思いついて、忘れないようにメモが取りたくなることがあるんじゃないだろうか。知人の作曲家は、メロディを思いつくと、自宅の留守番電話に吹き込んでおく、と言っていた。これは随分前の話で、いまならさしずめ携帯電話のメモ機能を使ったり、ICレコーダーを持ち歩いたりすることもできる。

と書いたのだけど、せいぜい二宮金次郎程度の荷物をしょって歩き始めた私に対して、もっとずっと大がかりなモバイル遊行を発見してしまった。

日本とドイツのメディアアーティストが、情報機器満載のバスで移動しながら表現活動を行うというMob Labというのがそれだ。

ウェブには、

「MobLab」(Mobile+Laboratory、Mob=群集)は、日独の異なるジャンルのアーティスト=MobNaut(モブノート)がモバイル機器を装備したインフォベースとしてのバスに乗り込み、その環境を利用したプロジェクトをそれぞれ発案・展開していくものです。また、ともに旅をするプロセスで、MobNaut相互の創造的なコラボレーションが生まれることも期待されています。バスは、日本の何ヵ所かのホストセンターへと移動し、各ホストの企画によるイベントに接続され、地域のアーティストや人々との交流が行われます。バスはまた、移動ルートをフレキシブルに設定、即興的にイベントやプロジェクトを生産してきますが、それらの情報はウェブ上で案内されます。

 とある。私はアーティストじゃないけれど、その私が自分の一身体のレベルでウェアラブルとして実現しようとしていることを、この人たちはバスの規模でやっているのかもしれないと思える。

 プロジェクト・ディレクター:四方幸子、プロジェクト・マネージャー:福田幹、参加アーティストのエキソニモ(赤岩やえ+千房けん輔)など、知り合いがバス旅行しているだけにも見えるが、各アーティストのブログ発信など、面白い試みかも。

日本におけるドイツ2005/2006
「MobLab:日独メディア・キャンプ2005」
2005年10月15日〜11月6日

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10月 27, 2005 活動 | | コメント (3) | トラックバック (0)

インターフェースについて

 ウェアラブル環境で何故片手用キーボードなのか。考え方はいくつもあるだろうけれど、個人的には「歩きながら原稿を書く」というのをさしあたりの目標にしている。実際、街を歩いていて色々なアイディアを思いついて、忘れないようにメモが取りたくなることがあるんじゃないだろうか。知人の作曲家は、メロディを思いつくと、自宅の留守番電話に吹き込んでおく、と言っていた。これは随分前の話で、いまならさしずめ携帯電話のメモ機能を使ったり、ICレコーダーを持ち歩いたりすることもできる。

 しかし、歩きながらPCの音声入力機能を使って文章を入力する、というのはどうだろう。歌であれば、「鼻歌」にも聞こえてまだしも不自然ではないけれど、あるきながらブツブツ言葉を話しているというのは、ちょっと気味悪いような気もする。

 片手用キーボードを使うということには、取材しながら手帳にメモを書き込む光景をイメージしている。相手に質問をしたり、相づちを入れたりしながら、ちゃんと記録もとることをジャーナリストなら普通に行っている。国会の廊下などでの政治家へのコメント取材でも、いまではICレコーダーがずらっと差し出されているが、ちょっと前は、記者たちはみな小さなメモ帳を使っていた。コミュニケーションをしながら、記録も取るこのスタイルを、PCを使って出来ればいいな、と思ったのが最初だ。

 ケータイ電話が登場してきたときに、メモ帳の代替になるかな、と思ったが、実際はそう簡単ではない。親指だけで文字を入力するのは、メソッドとしては簡単だが、さほど熟練度は上がらないのだ。急ぐときは両手の親指を使っているけれど、それでもPCのキーボードや手書きに比べればかなり遅い。また、なにより、ブラインドタッチ入力できないので、ケータイメールを打つときは、ある程度外部の環境へのアクセスやコミュニケーションがおざなりになってしまう。確かに中には、ケータイメールをキーボードも画面も見ないで入力できる若者もいて、講義中に机の下で片手でメールを打ったりしているけれど、やはり漢字の変換などはおざなりで、カナばかりのメールになるらしい。

 入力インターフェースの不完全さの結果、ケータイメールを打つときに、現実世界とメールの世界が乖離してしまい、いわばトランスな状態になってしまうことが、世間のケータイに関連する悪評に、かなり重要なイメージを与えてることは間違いがないだろう。もともと電話番号を入力するだけのインターフェースで、文字まで入力しようとしていることに無理があるのだが、メールの様々な利便性には、多少の不自由さも厭わない。っていうか、いまのケータイは、電話というよりもメールマシンというのが本質だろう。

 ハワード・ラインゴールドの『スマート・モブス』(NTT出版)の第一章「渋谷ハチ公前での啓示」は、ハチ公前のスクランブル交差点で携帯電話を使う日本人が、三つの現実のフェーズを生きていると語り出している(いま手元に本が無いので本文を確かめないで書いている。もっと違う表現かもしれない)。つまり現実空間とケータイの中の「現実」と、そしてハチ公前に3つ並ぶ巨大ディスプレイの中の「現実」である、と。

 しかしこの20世紀末にかかれた本には、ケータイ後進国米国の西海岸のジャーナリストの、ちょっとオリエンタリズム的な憧憬の混ざった意見が、事実の描写に混じり込んでいた気がするのだ。

 ある金曜日の午後5、6時くらいに、私がハチ公前のスクランブル交差点で信号を待ちながら周辺を見回してみたら、たくさんの若いOL風の女性達が、ラインゴールドの描写と同じように信号を待ちながら、しかし、みなケータイの画面のみをのぞき込んでいるのに気づいた。少なくとも私はその時、あの三面の巨大ディスプレイ(Q-Front、109-2、そして大盛堂商事ビルにある)を見上げている人を発見することはできなかったし、またケータイで電話(音声通話)をしているのは、すべてビジネスマン風の男性で、女性は一様にケータイのメール画面をのぞき込んでいたのだ。

 彼女たち(そして私たち)は、現実、メディア、コミュニケーションの3つのフェーズを、必要に応じ細かくスイッチしながら使い分けている。それは3つの現実を同時に生きているわけではなくて、その都度、別の「現実」に対してはトランス状態になっていることになる。

 地下鉄の駅の混雑した階段の途中で立ち止まって、一心不乱にメールを打ち込んでいる女子高生が、サラリーマン風の男性に「邪魔だ!」と怒鳴られるのも見たことがある。彼女がなぜ、そんな中途半端な場所でメールを打たなくてはならないのか理解できないが、なにか今すぐリアクションしなければならないような、事情があるのだろう。

 たとえば石崎洋司のサイコホラー『チェーン・メール―ずっとあなたとつながっていたい』(講談社)の表紙を見て欲しい。渋谷とおぼしき場所の交差点の真ん中でケータイ画面をのぞき込む女子高生の姿。ある作家はこういう光景を「折れ釘」のような姿勢と形容しているが、このトランス状態が、ケータイを取り巻く社会環境の何かを象徴していると思えるのだ。

 90年代末に、精神科医の斎藤環氏は、村上龍の『共生虫』(講談社)に代表されるような、「ひきこもり、暴力、インターネット」の三題噺は、現実ではほとんど稀な邂逅にもかかわらず、暴力的なフィクションとして多発することを批判していた。

 2000年になると、三題話は「ケータイ、渋谷、異世界」というホラー領域のフィクションとして登場してきたと思う。たとえば島村匠『渋谷アンダーグラウンド』(ハルキ文庫)とか、田口ランディ『モザイク』(幻冬舎)、萩原浩『』(講談社)などが典型だろう(なにしろ『チェーン・メール』、『モザイク』、『噂』は三冊とも、表紙に渋谷の写真を使っている)。

 話は大きくずれたような気もするけれど、私が「インターフェース」に仮託して語りたいのは、このあたりのことだと思う。

 

10月 23, 2005 思考 | | コメント (0) | トラックバック (0)

HMDとキーボード

 ウェアラブルコンピューティングに関心が出て調べていくうちに、インターフェースについては、結局サド・スターナーが使っていたマイクロオプティカル社のHMDと、ハンディキー社の片手用キーボードのTwiddlerがベストであるように思えてきた。

 実は「週刊アスキー」で連載していた「インターフェースの大冒険」という記事でも、ウェアラブルコンピューティングの先駆的な存在であるXybernauts社の日本法人ザイブナーを取材したりしたのだが、もともと軍事や特殊な工業用途などで使われるために作られている同社の当時の製品は、頑丈だが非常に重く、大きく、サイバーパンクな外観を割り引いても、とても町中で普通に装着できそうも無かった。誰かに通報されそうな感じだったのだ。

 かといってマイクロオプティカル社製品が日本で売られることなど考えられなかったので、おそらくもともと高価な製品を輸入するとなると、個人的に使うのは不可能であるように思えていた。

 ところが、ちょうど「インターフェースの大冒険」を単行本にまとめようとしていた折に、JR市ヶ谷駅のホームで、偶然、「日本のパソコンの父」こと、NECの後藤富雄さんに会った。その後藤さんから当のマイクロオプティカル社製HMDを見せられ、この製品の日本代理店があること、そして後藤さんがそこに関わっていることを聞いたのだった。私は早速、雑誌記事の取材にかこつけて、その会社、(株)テクノアライアンスを訪問した。この時の様子は、「新・インターフェースの大冒険」(週刊アスキー)に書いた。ただし単行本の『インターフェースの大冒険』(アスキー)には収録されていない、悪しからず。

 moimage 今回の実装実験についても、このテクノアライアンスからVGA用とNTSC用の二機を購入して使っている。ただし。先に取材した頃は、たしかSVGAやXGAの開発もアナウンスされていたと記憶しているが、やはりその後のウェアラブル低迷・受難時代に立ち消えになったのだろう。

mocamerainstall  またスターナーが使っていたようなメガネ一体型の特注品はとても高くなるようで、アダプターで眼鏡に装着する市販品を購入した。普段メガネをかけていない人は、附属のサングラス風のものを使う。一体型のものには、両眼視タイプのものが、ある大手テーマパークで耳の不自由な人向けのガイドシステムとして使われているらしい。

 フランステレコムとサムソンが携帯電話に附属させて、ケータイ経由で動画を鑑賞させようとしているのも、実は、マイクロオプティカル社の両眼タイプだ。

 日本の研究者はどうも同社製品を使いたがらないようだ。ノーベル賞学者を輩出したS製作所製のものを使っている写真をよく見る。(たとえば、「ウェアラブルの伝道師」と呼ばれる大阪大学大学院の塚本昌彦さんのいくつかの写真でもそうだし、ウェラブル一筋の研究者・板生清さんの本『コンピュータを「着る」時代』(文春新書)でも、娘さんで同じくウェアラブル研究者の板生知子さんとおぼしき人が、S製作所製の、どこか孫悟空の頭の輪っかとかお医者さんが頭に付けている鏡を思い出すような、若干派手なタイプのものを使っている写真が掲載されている。スペックとしてはマイクロ社製と同じVGAなのだが、使い勝手がかなりいいのだろうか。そうでなければ、見た目は納得がいかないのだが。

 ちなみに、両眼タイプのHMDを使わないのは、歩きながら使うと危ないという理由からだが、ディスプレイ利用という点からは、片目でディスプレイを見るのは、やはり両目で見るよりは負担が大きく、現状の機能のものは、あまり長時間は使えないようだ。むろん「慣れ」も大きい。また、目には「効き目」があるため、どちらの目で使うかで、疲労感にも差がある。ノキアが発表しているHMDの使用実験では、マイクロ社製も試されていたが、両眼タイプのものについては、通常のPCのディスプレイと同じ程度の疲労感、という結果も出ていた。

 キーボードについては、ハンディーキー社のウェッブを見ていたら通信販売で購入できることがわかったので、購入した。スターナーは「週末ちょっと練習すれば、60ワードくらいは打てるようになる」と言っていたが、英文ならそうだろう。日本語を打つには、いろいろと問題もある。そのあたりについては、追々書くけど。

img_2163

←私が使っているtwiddler2です。

 ともあれ、HMDと片手用キーボードをケータイ電話に接続した状態を、私のウェアラブルケータイの最終イメージに据えた。ケータイ本体もキーボードと一体化してしまえば、それなり格好良くでできるだろう。image

こんなイメージ(小さいか)

 そういえばオークリーというブランドから出ているサングラス一体型のmp3プレイヤーはなかなかカッコイイのだけど、マクロ社のHMDの附属メガネに似ている。上記イラストは、そんなものをイメージして書いてもらった。

10月 20, 2005 技術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

なぜウェアラブル

 このblogで私は、自分で進めているウェアラブル・ケータイの実装実験についての報告を行っていこうと思っている。

 このプロジェクトを進める経緯については、幾つかの雑誌に発表しているので、それをさしあたり掲載しておきたいと思う。(記事は、掲載時と異同がある場合もあるので悪しからず)。

 まずは、『Windows Start』(毎日コミュニケーションズ発行)の私の連載コラム「それゆけスマート・フォーエバー)、2005年8月号掲載のもの

(月号については不正確かも。なにしろ入稿は発売の1ヶ月前だし、発売は月号の一月前なので、書いている人間にはよくわからなくなっているのが普通なのだ)

「着られる」ということ
 
 パソコンやIT機器というと、ただひたすら高機能なものへと進化するだけのように思われているが、実はファッションの流行のように、同じアイデアが再度巡ってくることもある。長きに渡って連載させてもらっているこのコラムでも、1,2回テーマに扱った「ウェアラブルコンピューティング」などは、こういうサイクルトレンドの典型かもしれない。 ウェアラブルコンピューティングというのは要するに、パソコンが技術の高機能化と同時に、筐体が軽薄短小化していった結果、ポータブル→ハンドヘルド→モバイルなどと人間が実際に持ち運べるようになっただけでなくて、やがて服のように「着られる」(近頃の言い方では「着れる」だけど)ものになっていくことを示している。

 80年代末に軍事用として研究されていたようだが、90年代になるとマサチューセッツ工科大学のアレックス・ペントランドらが日本企業の協力なども得て一般向けの研究に着手。研究員だったスティーブ・マン(その後トロント大学)、サド・スターナー(現ジョージア工科大学)らが実装しての研究成果を世に出して、一般からも注目を浴びるようになった。90年代末には「着られるコンピュータ」の商標や関連の包括的な特許を持つサイバーノート(日本法人名ザイブナー)やIBMや東芝、島津製作所の関連製品が登場し、日本でも数回ウェアラブルエキスポなどのイベントが開かれる程のブームになった。

 この勢いで一般に広まっていくはずのウェアラブルコンピューティングだったが、その後イマイチふるわなかった。理由は明確で、まだ発展途上の技術で製品も高額な「着られるコンピュータ」に対して、強力なライバルが登場してきたからだ。つまり携帯電話。それからしばらくは、パソコンと携帯電話を使い分ける時代が続いていたのは知っての通りだ。

 ところが、携帯電話の普及が全世界に及び、国内でも一人一台ベースの必需品になった今、ウェアラブルが再度注目を浴びつつある。携帯電話が電話機というより電話機能付きのコンピュータというべきところまで高度になった現在、携帯電話の進化上に先のコンピュータの進化樹が接ぎ木されつつあるのだろう。携帯電話の技術の発展が頭打ちになってきていることもあるかもしれないし、ウェアラブルの伝道師と呼ばれる神戸大学の塚本昌彦氏などの普及活動も大きい。今年は10月に大阪でウェアラブルコンピュータの国際シンポジウムも開催され、往年の研究者たちも参加する予定らしい(IEEE International Symposium on  Wearable Computers)。

 ところで、流行に左右されやすい筆者としても、ウェアラブルしてみることにした。

 実は昨年一年、「SHモバイルラボ」(座長・竹村真一。八谷和彦、太田浩史らが参加)という近未来の携帯電話を考えるプロジェクトに参加していたのだが、そこで私が考えていたのが「ウェアラブル携帯電話」だった。「携帯電話を着る」という、まあ、特に画期的とも言えないアイデアだけど、携帯メールにへの依存症状がある人が増えたり、携帯コミュニケーションと暴力との関係が取りざたされたりする中、一つの処方箋としてウェアラブルを考えてみたのだ。

 かつて人間は血縁と他人関係、コミュニケーション、空間の距離関係などが同心円になった世界に住んでいたと考えられる。自分のそばにいる人は自分の近親者で、その人ともっとも多くのコミュニケーションを行う。遠くにいる人は他人で、その人とのコミュニケーションの機会は少ない。

 しかし交通の発達や共同体の拡大、そして通信などのコミュニケーション技術の発達が、この同心円的な社会関係を変えてしまった。

 人々は歩いている街の風景は気にもとめず、手元の携帯電話のディスプレイで遠くの他人とコミュニケーションしながら生活し、近しい人間とは疎遠になっていく。もし携帯電話を衣服のように体にフィットさせることができれば、現実と携帯ディスプレイの向こうにある世界との乖離を埋めることが出来るのではないか。そう考えたのだった。

 考えているだけでは何も起こらない。先のプロジェクトが2年目に入るのを期に、私は実際にウェアラブル携帯電話を実装して、可能性を実証してみようと思っているのだ。現在最も小型軽量だと思われるマイクロオプティカル社のメガネ型ディスプレイとハンディキー社の片手で扱うキーボードをパソコンや携帯電話に繋げ、何ができるか。このコラムが掲載される頃にはすでに実装実験に入っているはずだ。

 ウェアラブル携帯というと、そんなものが普及したらかえって事故が増えて危ない、という人もいるし、頭の中に無線機を仕込んでいるようで気持ち悪い、という人もいる。しかし、にぎやかな街の中で、友人と一緒にいながら、頭をちょっと下にかしげて一心不乱に一人で携帯メールを打っていることの気味悪さに比べて、どうだろうか。上手くいくかどうかはわからないが、「着て」みる価値はあると思うのだ。
  

 文中にある「SHモバイルラボ」についてはココ

 ついでに同工異曲の原稿だけど、『月刊LASDEC』(地方自治情報センター)の2005年8月号の連載エッセイ「永井坂」に書いた記事もそのまま載せておこう。

 携帯電話を「着る」時代

 スポーツシューズメーカーのアディダスが開発したランニングシューズには驚いた。靴の側面のスイッチを入れると土踏まずに入っているマイクロプロセッサーが駆動し、光が点滅し出す。履いているランナーの走る速さ、道の状態などを関知し、マイクロプロセッサーがかかとのクッション状態を計算して調節し、走るのに最適な状態に保つのだという。要するにコンピュータ靴なのだ。

 自動車から家電製品までどんな機械にもマイクロプロセッサーが搭載され「電脳化」されている時代だが、靴のように人が直接身につけるものまでコンピュータ制御されるようになるとは思わなかった。

 ただ、これと似たような考え方は、少し前からある。「ウェアラブル(着られる)コンピュータ」がそれだ。「ら抜き」表現が定着している現在ならさしずめ「着れるコンピュータ」だろうが、すでに1990年代の半ばには提唱され、様々なデバイスも開発され、展示会が開かれ、ウェアラブルコンピューティングのファッションショーなども開かれた。

 普通の人が機械を体に身につけて使うのは、たとえば現在音楽を聴く手段として一般的なヘッドホンステレオなどがはしりだろうが、それもいまでは、胸ポケットに入るほど小型化した。ウェアラブルコンピュータの提唱も、ビルほどの巨大な機械だったコンピュータ(当時は電子計算機などと呼ばれていたが)が、マイクロプロセッサーの開発によって小型化してパソコンとなり、やがて持ち歩き可能なポータブルタイプが登場し、さらにモバイルタイプやポケコン(ポケットコンピュータ)、PDA(パーソナル・デジタル・アシスタンス)として小型化・高性能化していった系譜上にあるといっていい。

 90年代に米国マサチューセッツ工科大学のメディアラボなどが研究に着手した頃は、「ウェアラブル」と呼ばれる機器に、一般用のものはほとんどなかった。戦場で兵士が使う軍事用途のものや、作業現場のマニュアルや作業支持に使う特殊な工業用途の機材ばかりで、メディアラボなどの研究者はこうした技術をもとに、一般人がコンピュータを身につけて使うようになる未来を夢見ていたのだ。この時期には、靴に発電機を入れ、歩くとモバイル機器に電気を補給できる仕組みなど、先のランニングシューズのアイディアに近いものもあった。

 ところが、90年代後半になると、ウェアラブルコンピュータの研究は、あまり話題にならなくなった。当時のウェアラブル機器には研究課題も多い上、実際に使うとなるとまだまだ高価だったこともある。メガネ型のHMD(頭部搭載型ディスプレイ)や、片手で使えるキーボードなど、用途だけでなく使いやすさや安全性の点でも研究上の試行錯誤が必要な製品だったのだ。

 しかし、ウェアラブルの進化を妨げた最大の理由は、携帯電話が普及したことだろう。最初は無線電話機に過ぎなかった携帯電話は、やがてメールを送受信し、インターネットにアクセスし、さらにゲームや音楽、いまでは映像まで楽しむための道具となった。ビジネス用途でパソコンを使うならまだしも、日常的な街頭でのコミュニケーションや情報の受発信には携帯電話があれば十分だ。現在の数十グラムの重量やポケットに入るサイズも、パソコン並みの機能を無理に「着て」使うよりずっと気軽に扱える。かくして、「着れるコンピュータ」は忘れられ、ケータイの全盛期が続いた。

  しかしここに来てウェアラブルが再度話題に上りつつある。板生清(東京理科大大学院教授)さんの書いた『コンピュータを「着る」時代』(文春新書)が発行され、フランステレコムとサムソンは、ウェアラブルタイプの両眼用ゴーグルを搭載した携帯電話を6月に発表した。10月には大阪でウェアラブルコンピューティングに関する大きなシンポジウムの開催も予定されている。

 携帯電話が国民一人当たり一台というところまで普及し、AV機器並みに高機能化する中で、動画を観たり、音楽を聴いたりする環境と、旧来の電話の受話器の延長上の操作環境とが釣り合わなくなってきていることも大きいだろう。目の前に電話機をかざして高画質の映像を観るというのは、あまり使い勝手がよくないだろうし、安全性の点でも問題が残る。そこで、体にフィットした状態で使うウェラブルコンピューティングの考え方が、再度浮上してきているのだろう。 実を言えば、私自身も携帯電話とウェアラブル環境を連動させたプロジェクトを年内に展開しようとしている。

 昨年一年間、「SHモバイルラボ」(座長・竹村真一さん。八谷和彦さん、太田浩史さん、渡辺保史さんらが参加)という2015年に実現する近未来携帯電話を考えるプロジェクトに参加した。このプロジェクトで私は、携帯メールへの依存症状が増えたり、携帯電話と事件の関連が取りざたされる現状の社会状況を主に考え、それらをより良い方向に解消できないかと考えていた。その一つの処方箋になりそうなのが、ウェアラブル携帯電話だったのだ。昔ながらの空間的な距離、人間関係が交通や通信手段の発達で壊れていく中で、近くの肉親や知人とよそよそしく振る舞い、遠くにいる見知らぬ他人と親密になる。携帯電話はその傾向を助長している。

 環境、身体、人間関係が乖離してしまった現代社会の中で、コミュニケーションを体にフィットさせて使うウェアラブル携帯電話がアイディアとして有効かと思えたのだ。片眼で観るメガネ型のHMDと片手で扱えるキーボードなどを、実際に街頭含めた日常生活で試用してみて、その可能性と問題点を洗い出していくつもりだ。 「着る」携帯電話が、歩きにくくなった人生を、うまく調整し、最適化してくれる靴になってくれるだろうか。 

 このほかにもネットで読める最近の私の関連記事としては以下がある。

vol.1―メディア論的視点から見た携帯電話(前編)
http://plaza.bunka.go.jp/museum/article/manews/200506/

vol.1―メディア論的視点から見た携帯電話(後編)
http://plaza.bunka.go.jp/museum/article/manews/200507/

 上記の記事でも書いているとおり、そもそも次世代ケータイのプロジェクトで、「ウェアラブル」に至ったおおもとには、90年代末から2000年にかけて、MITメディア・ラボのサド・スターナーなどが進めていた実装実験を取材して、ちょっとしたインパクトがあったことがある。

 これに関しては、以下のネット上のコラムで読むことができる。

【コラム】東京バイツ
第10回都市、そしてコンピュータを着て歩く生活の可能性
http://pcweb.mycom.co.jp/cgi-bin/print?id=16912

 この記事にも載っているけれど、私の「ウェアラブル」の利用イメージは、このサド・スターナーの格好、出立ちにかなり影響を受けている。

01a  ←この状態でスターナー氏(現ジョージア工科大学)は、パソコンを操作しているのだ。メガネをよく見ると、片目の中心部がハーフミラーとなっていて、そこにディスプレイ画面が投影されている。左手に持っているのは片手用キーボード。

 ショルダーバックに隠されているPCなどの機材一式は、当時、とてつもなく重かったけど。

 次世代ケータイをウェアラブル化するというアイディアには、私なりの理由や根拠もあるけれど、サド・スターナーの実装イメージは、なんといっても大きかっただろう。

 あれから5年以上経ち、当時のPC並みの機能がありながら、極めて軽量になったケータイを、ウェアラブル環境で実装できれば面白い、そう思えたのだ。私は、市販されている機材を組み合わせて、ウェアラブルケータイを実現してみようと思い立った。

10月 19, 2005 活動 | | コメント (0) | トラックバック (0)